この色は古くは茜(あかね)や紅花(べにばな)を使って染められました。 平安時代などはかなり服色の規制が厳しかったようですが、 この系統の色も一般には着用が禁止されていました。 それだけ赤、あるいは紅という色に対するあこがれや思い入れが大きかったのだと言えます。
一斤染(いっこんぞめ)C=0,M=13,Y=8,B=0 #FDE6E1 赤みのうすい紅色。 紅花(べにばな)一斤(約600g)で絹一疋を染めた時の色が、一斤染です。 平安時代には禁色(きんじき)というのがあって、身分の上下によって着てよい色、いけない色がありました。 そしてそれぞれの色について、この程度の色までは着用してもよいという聴色(ゆるしいろ)が定められていました。 一斤染は、紅色における聴色の上限で、これより淡い色ならよいとされていました
桃色(ももいろ)C=0,M=62,Y=31,B=0 #E88183 桃の花の色にちなんだ淡い紅色です。 桃は古くに中国より伝わり、花は鑑賞用に、実は食用に用いられてきました。 日本では雛祭りと結びつき、かわいい花なのですが、梅や桜と比べると品位において劣るとされてきたようです。 重ねの色目にもあり、表を淡紅、裏を萌黄で表現します。
紅梅色(こうばいいろ)C=3,M=54,Y=20,B=0 #E7919A 紅梅の花の色に似た淡い紅色です。 梅の花は別名「春告草」とも言われ、春の始まりを告げる花として、古くより親しまれてきました。 服色としては、冬から春にかけて愛好され、平安文学にも登場します。 染色として、織色として、また重ねの色目としても親しまれた伝統色です。
牡丹色(ぼたんいろ)C=18,M=82,Y=0,B=0 #BC4985 牡丹の花の色を模したかなりはなやかな赤紫色です。 牡丹の花そのものはかなり古くから観賞されており、文様としても古くからキモノや工芸品に取り入れられてきました。 色として取り上げられるようになったのは、平安時代のかさねの色目としてが最初です。 この色名そのものの染色が行われるようになったのは、化学染料が導入されるようになった明治以降のことです。
躑躅色(つつじいろ)C=3,M=90,Y=16,B=0 #CF437E 躑躅は春を彩る花として古くから鑑賞されており、今でも庭の彩りによく植えられていますが、 当時は躑躅といえば山躑躅のことを言いました。 重ねの色目としても、表を蘇芳、裏を萌黄であわせて表現しました。
猩々緋(しょうじょうひ)C=4,M=91,Y=97,B=0 #C9301B 猩々というのは、龍や麒麟などと同じく中国の伝説上の生き物で猿に似ており、 その血はとても赤いとされています。黄みがかった紅色がこの色です。
蘇芳色(すおういろ)C=52,M=86,Y=63,B=0 #813A48 蘇芳というのは、熱帯性の豆科の木の実や木質部を煎じて作られた染料のことで、かなり濃い目の紅色です。 もちろん当時は輸入品ですが、正倉院の御物のなかにも見られるくらい古くから親しまれたようです。 ただし、着用はかなり上流階級の人に限定されたようです。
臙脂色(えんじいろ)C=34,M=100,Y=74,B=7 #8A0033 黒味がかった深紅です。今でもわりと一般的に使われる色名ですが、古くよりある色です。 その名の由来は、古代の中国にあった燕(えん)という国で使われていた赤い脂(あぶら)からきたといわれています。 古くは、この色は南方産の昆虫の分泌液や紅花などを精製して作られました。
檜皮色(ひわだいろ)C=0,M=57,Y=42,B=69 #59352E 数奇屋建築において桧皮葺(ひわだぶき)という屋根を葺く技法がありますが、 そのときに使われる檜(ひのき)の皮の色のような赤褐色がこの色です。 かなり茶色に近い暗くて濃い紅色といえます。
小豆色(あずきいろ)C=34,M=97,Y=60,B=60 #8B3D3D 今でも赤飯の色付けには小豆が用いられたりしますが、その小豆のようなにぶい紅色がこの色です。 服の色としても、むかしからかなりポピュラーなものでした。
鴇色(ときいろ)C=0,M=50,Y=10,B=0 #ED9DAD 鴇といえば、朱鷺とも書きますが、佐渡にごくわずかしか残っていない特別天然記念物の国際保護鳥です。 その鴇にちなんだ色名で鴇羽色ともいいます。鴇は見た目は、ぱっと見た目は白一色のように見えますが、 翼の内側や風切羽などところどころが薄いピンクで、飛んでいる時にはその色が見え隠れするそうです。 色名になったくらいですから、昔はわりとなじみの深い鳥だったのでしょう。 この色の染色が行われたのは、江戸時代になってからのようです。
桜色(さくらいろ)C=0,M=16,Y=5,B=0 #FBE0E1 桜の花の色に似た淡い紅色が桜色です。かさねの色目としては、桜にちなんだものがいくつかありますが、 桜色としての染色が行われたのは、江戸時代になってからのようです。